新緑

松本の風物詩

 皆様こんにちは。
 企画広報の太田です。
 皆様には、いつも当ブログをご愛読いただき、ありがとうございます。


 さて、弊社の2009年がスタートしてから一週間が経ちました。
 週末には、各事業所が松本の本社に集合して、本年初の営業会議を開催し、年間営業計画の確認と実施状況の評価検討を行いました。
昨今の社会情勢に対応し、かつ長期的視野を念頭に置きながら、いっそう磐石な構えで臨んでいます。

 冒頭から硬い話になりましたが、ちょっと視点を変えて、今日は松本にちなんだ行事についてお伝えしましょう。
 松本市街地で毎年1月11日に行われる、縁起のいい「松本飴市(あめいち)」の話題です。

(写真はクリック拡大してご覧ください。)

CIMG8417四柱神社
【四柱神社:周囲には飴屋さんなどの露店が立ち並び、大変な賑わいです】


 唐突ですが、皆さんは、「敵に塩を送る」という言葉を耳にされたことがあるでしょう。
上杉謙信が武田信玄に塩を送ったという故事ですね。
これが、この「松本あめ市」の由来なのだそうです。

 伝えによると、甲斐の国(山梨)と信濃の国(長野)は当時(1569)武田信玄が治めていましたが、信玄に対峙していた太平洋側の今川・北条両氏は、甲斐と信濃への塩の移出を禁止しました。
当然、塩がなければ民衆は生きてゆけませんので、大変難渋したそうです。

 ところが、当時、これまた「川中島の戦い」などで信玄と激しい戦いを繰り返していた、越後(新潟)の上杉謙信は、「戦いは兵をもってするもの」として、甲斐と信濃の民衆を救うため、人道上措置として、日本海側から、敵である信玄の領地(信濃・甲斐)に塩を送ったとされています。
(これは、美談として伝えられています。その他の諸説もいろいろあるようです。)

 そして、その塩が松本に着いた日が、永禄11年(1569年)の1月11日ということで、はじめは「塩市」と呼ばれていました。
その後「初市」、「あめ市」と名称を変えながら、440年後の現在まで引き継がれています。


 では、先日11日の市(いち)の写真をいくつか載せます。

CIMG8421神輿リサイズ
【荷車:上杉謙信は自らを毘沙門天(びしゃもんてん)の化身と信じて戦ったようですが、「毘」はその旗印ですね。写真の荷車は、当時塩を積んで到着した牛車を想定したものでしょうか。この荷車の旗にも「毘」のしるしが登場しています】



CIMG8428てまり時計 標準リサイズ
【てまり時計1: 松本の名産品「てまり」をモチーフにした屋外アート時計。時間になると手まりの上半部がもち上がり、手まりをつく子供の人形が回りながら時を伝えます】


CIMG8429てまり時計 バイオリン リサイズ
【てまり時計2: クラッシックの祭典サイトウキネンフェスティバルが開かれる楽都松本ならではのフィギュア。バイオリンなどオーケストラのメンバーが登場します】


CIMG8422和太鼓リサイズ
【和太鼓:地元の浅間温泉からです】

CIMG8412ジャズバンド リサイズ
【ジャズバンド:社会人バンドだそうです。ビルの谷間に響くジャズの音もおつなものですね】


 このように、城下町の永い歴史と文化、そしてそれを愛する人々の心を感じた一日でした。
 「松本(ローマ)は一日にして成らず」ですね。

 ではまた。
 




by 株式会社グラフィック   at 14:25 |  ブログ |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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